北村恭介5
「お前が北村恭介か!」交差点の横断歩道を渡り終えると、いきなりふたりの男に囲まれた。じわじわと月極駐車場のネットフェンスに寄せられる。ネットフェンスまで2メートルといったとこで、ふたりの間に肩を入れ、後ろへ強引に抜けた。振り向かず「違う」と言って立ち去ろうとした。「違うことはねーだろ。北村恭介だろ」細い眉毛に坊主頭、スカジャンという、いかにも、悪人ですよ、といわんばかりの男が、肩をつかんだ。その力に逆らわず振り向き「知ってるなら、最初から訊くな」と言った。目を見る。そして視線をそらさない。しかし決してにらみ付けるようなことはしない。ただ、ごく普通に見るだけだ。坊主頭は眉間に皺を寄せ、にらみつけてくる。こうなると先に疲れるのは坊主頭の方だ。「何か用か?」視線はそらさない。「お前だろ、タビラでバーテンやってるのは」眉間の皺は立派に盛り上がっている。タビラとはバイト先のバーのことだ。「違う」俺は小さく首を横に振った。「しらばっくれるな。こっちはわかってんだぞ」「だから、知ってるなら訊くなってば」俺は笑顔をつくった。しかし、視線はそらさない。坊主頭は眉間に皺を寄せるのに、疲れてきている。眉毛がピクついている。坊主頭と対照的にもうひとりの男はスーツ姿で、それはおそらく量販店のものだ。その男が言った。「出直しましょうか」その言葉に坊主頭は舌打ちをした。去って行くふたりが一旦視界から消えると、後を追った。不条理な話に納得ができない。3分程でふたりは別れ、5分程でスーツ男は『邦海フード』と書かれた会社に入っていった。地方のテレビCMでよく知れた会社だった。しかし、なぜなのか心当たりはなかった。しくじったか。坊主頭を追跡するべきだったか。そう思ったとき、入り口のドアが開き、中年のオヤジが出てきた。見覚えがあった。以前、タビラの前で、背中に生ハムを貼り付けてやった男だ。生ハム男の前に飛び出し、歩みを止めた。「北村恭介です。こういうの止めませんか」そう言うと生ハム男は「なんのことかね」と言って口元をニヤリとさせた。「気味が悪いんですよ。仕返しなら堂々としたらどうでしょう」「そうかね。私はここ2、3年人を殴っていない。きっかけがなくてね」「じゃあ、どうぞ」俺は両手をだらりとさせ、無抵抗を示した。生ハム男の右フックは予想を遥かに超えて強烈だった。片膝を着き脳震盪から回復するのを待った。10秒、いや、30秒。もっとか。意識が戻り唾を吐く。ほとんどが血だった。立ち上がり「ちゃらでいいですか?」と訊く。「いいだろう」生ハム男は拳をさすりながら、歩いていった。ちゃらなもんか。今度は俺の番だ。俺の名は北村恭介。「何か文句あるか?」
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コメント
うちの家の冷蔵庫に生ハムが10日くらい前からある。
相方はいつ出すのだろう。
メロン買って帰るのを待っているのか?
そのころには、ポークジャーキーになっているんじゃ
ないかと思うこの頃です。
投稿: takubom | 2009年3月 2日 (月) 22時25分
ハ-ドな展開!
先が気になります・・・。
投稿: Fu- | 2009年3月 3日 (火) 12時35分
takubomさん
生ハムは腐りかけがおいしいのです。乾燥はヤバイですが・・・。
Fu-さん
俺も気になります。
投稿: ひろやん | 2009年3月 3日 (火) 19時53分