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2009年7月26日 (日)

北村恭介12

イライラしていた。『タビラ』の売上げも思うように伸びず、ヒトミともぎくしゃくしている。いっその事、女の子を数人雇って客を呼び込ませようか。いやいや、色気で寄ってくる客に、飲ませる酒はここにはない。『タビラは』純粋に酒を愛する客の店だ。しかし、商売となると・・・。俺のイライラは今にはじまったものではない。この数週間ずっとだ。今日も開店時間が来ても客の入りはない。「ヒトミちゃん。ちょっと出かけて来る」ヒトミが厨房から顔を出す。「出かけるってどこによ。お客さん来たらどうすの?」「来やしねーよ」俺は投げやりに言うと店を出て木製のドアを乱暴に閉めた。階段を下り、ビルをでようとしたら、入り口のまん前にいかにもといった黒塗りのベンツが停めてあった。体を横にカニ歩きでないと出られないくらいに寄せてある。俺は背中を壁にこすりながら、ビルを出た。これでは客が入って来れないではないか。迷惑もいいとこだ。ワックスのよく効いたタイヤをつま先で蹴る。すると、待ってましたと言わんばかりに、運転席から、これまたいかにもといった感じの、パンチパーマの男が降りてきた。体格はごつい。「おい、兄ちゃん。何すんねん」「は?」40前後か。いい年してまったく。「何か?」「今、蹴っただろう」「蹴った」パンチパーマの顔色が変わった。「コラ!どないすんねん。壊れたやろうが」「どこが?タイヤが?そもそもこんなとこに車停めて、迷惑って言葉知らないの?馬鹿じゃないの?」「何だと!もういっぺん言ってみろ!」パンチパーマの声がでかく、通りに人だかりができた。「聞こえなかったなら、もう1度言うけど、馬鹿じゃないの?というより、馬鹿だね」「てめえ」パンチパーマの右拳が向かって来た。モーションは遅い。身をかがめる。拳は空を切る。「拳を振る前に言葉を発するのは、今から殴りますよー、の合図になるから、やめたほうがいいですよ」野次馬の中から、小さな笑い声があった。パンチパーマは鬼の形相になり「くそったれ」と言って今度は左拳を振ってきた。俺が体を後ろに反らすと、また拳は空を切った。「同じことする。やっぱり馬鹿だ」野次馬の笑い声は大きくなっていた。パンチパーマは冷静さを完全に失い、頭から突進してきた。俺は丁度いい距離で膝を突き上げた。ゴスッ。鈍い音がした後、パンチパーマは仰向けに倒れた。俺はベンツのサイドミラーをつま先で蹴り上げ、へし折った。そして鼻を押さえ座り込むパンチパーマに顔を近付け「俺はウソはついていない。お前は馬鹿だ。迷惑ということをしらない。顔にも馬鹿と書いてある、見てみろ」俺はへし折ったサイドミラーをパンチパーマの胸元に投げた。喉が渇いたな。ビールでも飲もう。野次馬をかき分け通りにでると、マスターの姿があった。俺は踵を返し『タビラ』に戻ることにした。俺の名は北村恭介。何か文句あるか?

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02 北村恭介」カテゴリの記事

コメント

ただいま!今なぜかコタツに入りみかん食べておりまする・・・うっそ

恭介どんいらついていますな、この八九さんがな~んか可哀相に想えるのは私だけかしら・・・
イタリアのマフィアは観光客を大事にするという話でした。
でもフェーリーの料金がバカ高でシチリア島への橋を作らせないようにしてるみたい・・・
まぁ、いろいろ文句ありますわ~

投稿: ヘルブラウ | 2009年7月28日 (火) 07時43分

ヘルブラウさん
住む世界によって苦労やルールは違いますね。
しかし、平和が一番です。はい。

投稿: ひろやん | 2009年7月28日 (火) 21時41分

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