北村恭介14
何も考えてはいなかった。ただ酒を飲んいた。カナディアン・クラブだ。好んで選んだわけではない。ただ手の届くところにあっただけだ。ストレート。食道から胃にかけて熱い線ができた。またグラスに注ぐ。口に運ぶ。繰り返し。最近の『タビラ』の閉店後はこんなふうに過ごす習慣になっていた。このまま2時間くらい。しかし、今日は違った。扉がノックされた。木製の重量感のある扉だ。酔っ払いのいたずらだと無視することにした。しつこくノックされる。琥珀色のウイスキーをまた胃へと流す。タグホイヤーの腕時計に目をやる。3時10分。そろそろ帰るとするか。照明を落とし、ノックの止まない扉を避け、勝手口から外に出る。まだまだ序の口なのだろうが、11月の声が聞こえ始めると、さすがに夜中は寒い。20年以上着ているソルティードッグのGジャンの襟を立てる。階段の下から入り口の扉に目をやる。するとそこには、全身血まみれの男が座りこんでいた。「マスター!」俺は叫んだ。血まみれの男はマスターだった。駆け寄る。血は自分のものと、返り血が混ざっているようだ。「どうしたんですか?」「に、逃げろ。それを言いに来た。とにかく逃げろ」「どういうことなんですか。救急車呼びますね」「いいから、早く逃げろ!」マスターの気迫にたじろいだ。踵を返し階段を見下ろした。男が二人。上り口で行く手を塞ぐ。マスターの舌打ちが聞こえる。「マスター、あいつらが?」「そうだ」鍵を差し込み、木製の重量感のある扉を開け、マスターを『タビラ』の中に入れた。照明を点けるとマスターの肩口に刃物の傷があった。深い。「なんですかあいつら?」「俺を誰かと勘違いしているらしい」「誰かって?」「麻薬組織の連中だろう」俺は前回の『北村恭介13』で刑事にもらった名刺を破り捨てたことを後悔した。だが、名前は覚えていた。警察に電話を掛ける。名前を告げ、事情を口早に説明し、東山に繋ぐように促した。だが、あいにく留守だった。扉が蹴られる。二人が蹴っているのがわかる。しかし、もうすぐ警察は来るだろう。「マスター、これでよかったんですよね」「あ、ああ」心なしか満足という顔ではない。店の電話が鳴る。「北村さんだな」東山だった。「そうだ。早く来てくれ」「もう、店の前だ。サイレンは止めてある」数人が階段を駆け上がる音がしたかと思うと、揉みあう音に変わった。そして誰もいなくなった。一瞬の出来事だった。重量感のある木製の扉がノックされた。「開けてくれないか」東山だ。扉を開ける。「北村さん、頼りにしてくれてうれしいよ」俺は返事をしなかった。「話してもらおうか」「いや、マスターを病院へ連れて行く」「それは我々がする。おい」東山は後ろに立つ部下らしき男に顎をしゃくった。マスターは近寄る部下を肘で払いのけた。「刑事さん、俺は大丈夫だ。話は俺がする。恭介は関係ない」「じゃあ、聞かせてもらおうか」
気が向いたらつづく。何か文句ある?
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