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2010年5月12日 (水)

北村恭介VSひろやん5

 深夜のジョギングを終えると、クールダウンもそこそこに冷蔵庫から乱暴に缶ビール(正確には第3のビール)を取り出した。プシュッという音と共に、ほろ苦い香りが鼻腔をくすぐる。缶の中身をグラスに移す。その泡立つ琥珀色の液体を2秒ほど眺め、泡の表面がグラスの渕から少し低い位置になるのを待ってから、一気に3分の2ほどをのどに流し込んだ。ふーっ、と深く息を吐く。ストップウォッチの機能が必要なため、ジョギング時だけ使用しているGショックを、外しながら時刻を確認する。23:51。さっさとシャワーを浴びてしまおうと、残りのビールを飲み干した。身に着けていたものをすべて無造作に脱ぎ捨てると、ふと鏡に目が行く。体系が変わったような気がする。ジョギングの成果だろう。しかし、まじまじと眺めると、ランナー体系には程遠い。完成されるのは数年先だろう。それまで俺のジョギングは続くのか。
 そんなことを考えていると、携帯が鳴った。妻と子は眠っているので、あわてて着信ボタンを押す。「今、家の前にいる」遮光とレースのカーテンを重ねて空けると、そこには線は細いが決して華奢ではない男が立っていた。「上がれよ」おれは縁側の窓を開けた。そして「家族は寝てるから」と付け加えた。北村恭介はテーブルの上のビール缶で視線を1度止め、「俺もビールをもらえないか」と言った。「1本だけだぞ。長話する時間はない。それに家計も明るくはないんだ」「ああ、わかった」テーブルに着いた恭介にグラスを差し出すと、「そんな上品な飲み方はしない」と缶に直接口を付けた。
 恭介はなかなか話を切り出してこなかった。「話があるんだろ。だいたいの予想はつくが」俺はしびれを切らし話を促した。「俺の扱いはどうなってるんだ?」「やっぱそのことか。俺も悩んでるんだ」俺はそう言いながら灰皿を真ん中に置き、タバコに火を点けた。「家ん中で吸っていいのか?」「ああ、気にしちゃいない。築30年以上の中古住宅だ。ローンはまだまだあるが」恭介は一瞬、「ふっ」と人懐っこい笑顔を見せたあと、続けてタバコをくわえた。
 「で、俺の扱いだがな」「わかってるよ。悩んでんだよ」「出番が少ないとかじゃないんだ。毎日ブログを更新するのも楽なことじゃないだろう。それはいいんだ、あんたの都合で登場させてくれればそれでいい」「悪いな」「ただな。ここんとこ話に脈絡がなさ過ぎやしないか?」「そうだな。手詰まり感から抜け出せないんだ」「苦労してるのは理解できる。話が途切れるのもまあ、いいだろう。しかしな、バーテン辞めて探偵ってのは安直だろ」「本当にすまない」俺はタバコの火を消しながら、頭を下げた。「いや、頭を上げてくれ。謝ってほしいわけじゃない。これからのことについて話さないか?」「そうだな」「思うんだが、俺のシリーズは始まったころって一話完結だっただろ」「ああ」「あのころが良かったよな」「書いた本人もそう思うよ。ところが、俺には、毎回オチまでたどり着けるための知恵が足りなかった」「俺にも責任があるのかもしれないな」「そんなことはないさ。恭介は自由に暴れてくれればいい。ただ、俺にはそれを表現する力量がない。根気もそうだけど」「力量なんて気にするなよ。誰もあんたに大袈裟なものは求めていない」「百も承知さ。でも、わずかだがコアなファンもいるんだ」「それは俺も感じている。だからこそ、安直なのはまずいんじゃないのか」「何度も言うなよ、わかってるよ」俺は少し不貞腐れた表情をつくり、冷蔵庫から缶ビールを2本取り出した。恭介は1本を受け取り、音を気にしながらプルタブを開けた。「明日仕事じゃないのか?」恭介が気遣った。「仕事だよ。でも、お前の悩みは俺の悩みでもある。少しでも今夜中に解決させよう」「ありがとうよ」「ところで、お前の明日の仕事は?」俺が訊ねると恭介は立ち上がり、「だから!また探偵をしろってのかよ!俺はあんたの都合でどうにでもなるんだろ!」と声を上げた。俺は妻が起きて来るんじゃないかと、冷や汗を流した。「冗談だよ、冗談。あまり深刻になりすぎてもいいアイディアは出ないからさ。何か文句ある?」「大有りだ、まったく」
 恭介よ、朝妻が目を覚ますまでは語り合おうぜ。

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コメント

どうもコアなファンの一人です。
久しぶりですね・・・。
続きが気になります!
期待しております!
探偵!?・・・。

投稿: Fu- | 2010年5月12日 (水) 22時20分

Fu-さん
応援ありがとうございます。
恭介は前回から探偵になりました。
次はわかりませんが・・・。

投稿: ひろやん | 2010年5月14日 (金) 16時26分

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